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執筆者の写真長谷川 将士

<援助関係者&村落開発普及員の方は必読!>『SHEP』大特集!<後編>実証研究の王道に触れる!SHEPは本当に効果があるのか?

開発援助関係者や協力隊の村落開発普及員の方ならば一度は耳にしたことがある『SHEP』事業。


現在ではJICAが開発した独自アプローチとして広くアピールされており、2019年に「SHEPを通じた 小規模農家100万人のより良い暮らしを目指す 共同宣言」が打ち出されたことにより、事業拡大が見込まれています。


後編ではSHEPが本当に効果があるのかに関して、実証(実際に効果があるのか検証するための研究)の『王道』的な手法を使った研究成果をご紹介します。


ターゲットとなる小規模農家の背景


本特集の前編記事では、SHEPがケニアで開発された「作って売る」から「売るために作る」という、販売に重点をいた市場志向型の事業であることをご紹介しました。


SHEPのような事業が必要な背景として、ケニアで農業が総人口の4割、農村部人口の7割を雇用を支える産業で、そのほとんどが小規模農家であることが挙げられます。


860万人が小規模農家(耕作地が0.5ヘクタールから5ヘクタールの農家)に分類され、国内で農作物の6割以上が小規模農家によって生産されています。


そのため、小規模農家がより市場の需要を認識して現金収入が増えれば、農家自身が豊かになることはもちろん、農産業そのものの成長・発展といった大きな効果が期待できます。


ケニア政府も重要性を理解しており、2019年から2029年に渡る中期成長戦略である「農業変革・成長戦略(Agricultural Sector Transformation and Growth Strategy:ASTGS)」を策定し、最優先課題として小規模農家の年間所得を40%増加させることを掲げています。 


事業評価の課題


JICAでは橋を建設したり、母子手帳を配るといった様々な開発事業を展開していますが、事業を開始する前と終了した後には通常、事業評価を行っています。事業評価ではDAC(開発援助委員会、OECD加盟国が中心に参加)で定められた評価基準を基に、効果を検証したり、効率的であるかといった評価を行います。


しかし、小規模農家支援事業のような事業評価では、ある問題がありました。それは、プロジェクトの効果を純粋に評価することが、なかなか難しいということです。


ケニアの農村部における例を挙げて説明します。たとえば、作物の増産によって農家の収入を向上させるという事業があったとしましょう。


この事業では事業前と事業後にターゲットとなる村の調査を行いました。事業が終了し、作物が狙い通り増産したおかげで収入も増えました。


ただ、この結果は事業の効果があったためと本当にいえるでしょうか?たまたま事業前は干ばつのため生産量が低く、事業後は降水量が回復したおかげで作物が増産し、事業を行った村以外の農村でも同様の結果となっていたかもしれません。


あるいは、新たに地区の農業普及員のリーダーとなった人がとても有能で、地域一帯で病気になりにくい品種を導入したり、適切な畦(あぜ)の作り方が普及するなど、新たな技術普及に成功した結果かもしれません。


このように、事業そのものの効果を区別して、厳密に検証することには様々な困難があります。


実証研究の『王道』、RCTの概要


それではどのようにすれば、事業効果を厳密に評価することができるでしょうか?ここで登場するのがランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial, RCT)です。


RCTとは、2019年のノーベル経済学賞を受賞したアビジット・バナジー教授、エステール・デュフロ教授、マイケル・クレマー教授らによって経済学に導入された実証研究の手法です。


RCTの特徴は、プロジェクトを行ったグループはもちろん、プロジェクトを行わないグループも調査する点です。

具体的には厳密な効果を実証するために、諸条件(天候、地理、人口、経済など)がある程度似通ったグループを選んだ後、ランダムにプロジェクトを行うグループ(処置群)とプロジェクトを行わないグループ(対照群)を分けます。


こうすることで事業後には、他の条件を一定にそろえた上で、事業そのものの効果を実証できるようになります。


RCTは元々、医学や薬学で発達した手法です。新薬の開発において、治療や投薬を行うグループと、行わないグループを分けて実証を行いました。


今では途上国の課題を分析したり、開発事業の効果を分析する時には『王道』ともいえるほど主流な手法として広まっています。


SHEPにおけるRCT実証研究


SHEPの実例を交えて、RCTの実証研究の成果をみてみましょう。本研究はJICA緒方研究所が実施する研究プロジェクトの一環として行われ、清水谷氏ら4名の経済学者によって成果が公開されています


この調査は2015年から2018年に実施されました。先ず、諸条件を参照しつつ、国内にある47県の中から14県を選定し、さらにそれぞれの県から一つずつ村(原文ではSub-County)を選びます。


そして、村の中から農民グループを10個選びます。ここでランダムに事業を行うグループ(処置群)と、事業を行わないグループ(対照群)に分けます(ちなみに、事業を行わないグループでも、調査終了後にきちんと事業を行うように設計されています)。


この調査では、先ほど選んだ村に隣接する村を選んで、『ピュア対照群(pure control groups)』も作っています。


なぜこのようなことを行うかというと、同じ村内で対照群のグループを作るだけだと、事業を行ったグループの人から事業を行わないグループの人々に、会話やコミュニケーションの中で技術やノウハウが伝えられた場合、事業効果の比較ができなくなるためです。


『ピュア対照群』では純粋な事業効果を分析するため、諸条件が似通いつつも、こうした技術やノウハウの伝達がまず行われないグループを選定しているところが、この研究の工夫といえます。


SHEP は本当に効果があるのか⁉


これまで見てきたように、社会科学的に綿密に計算されたRCTを実際に行いましたが、果たしてSHEP は本当に効果があると言えるのでしょうか?


実証分析の結果としては、SHEPに参加したグループの農家は(事業が対象とする)園芸作物を販売して得られた収入が70%増加しました。


さらに素晴らしい効果として、世帯主が女性だったり、教育年数が少なかったり、年配であるといった、経済的に困窮しやすい世帯で効果が顕著に現れました。


また、各種研修のそれぞれが園芸作物から得られる収入を増加することに役立つという結果も得られました。


今回はケニアでの分析でしたが、今後は他国でも同様の実証研究を行うことで、SHEPの有効性がさらに証明される余地があります。


貧困削減に貢献し、国の産業発展に貢献し得る有効な事業なだけに、今後の展開に注目していきたいですね。


参照元論文情報:


清水谷諭・田口晋平・山田英嗣・山田浩之、2021年、「The Impact of “Grow to Sell” Agricultural Extension on Smallholder Horticulture Farmers: Evidence from a Market-Oriented Approach in Kenya」



(イメージ画像はPixabayより。©toubibe

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